大判例

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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1595号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕2、休業損

二三八、五一七円

原告三和子は夫である原告敏夫と共に薬剤師で、富井薬局を経営し、毎日午前一〇時ごろから午後六時ごろまで局で薬剤調合、販売、記帳、店員指導などして働いており店には店員五人を雇つていた。原告三和子に対しても給与が支給され昭和四三年度には月額税込五万円、年六〇万円の所得となつている。原告三和子が、前記受傷により出勤できなくなり、昭和四五年一月ごろから定期乗車券を購入して店へ時々出かけることがあるにすぎない。そのため原告三和子の代りに昭和四四年三月四日から松山訓子を、同年五月二三日から城内和子をいずれもパートタイムで雇いまた昭和四五年四月からは薬剤師の御堂岡澄子を雇つている。ところが現在では薬局の店員は一〇人に増加している。昭和四五年一月までに右松山に支払われた給与は八五、二五〇円、同じく城内に支払われた給与は一五三、二六七円である。<証拠略>

右事実によると、原告三和子の給与は、単に名目上と考えられ、薬局の共同経営の実態を有する以上、同人が休むことにより本来薬局収益が減少すれば、その寄与分に対する割合額が、代りの雇人を要するのであれば、これに要した人件費が三和子の休業による損害である。原告らの薬局について店の収益が減少したとの主張、立証はなく、原告三和子に代つて雇い入れた者に支払つた給与明細があるので、これでもつて三和子の休業損を算出するのが妥当である。なお原告三和子の休業期間は、前記症状、店員数の増加等の状況からせいぜい昭和四五年一月末までと認めるのが相当であり、御堂岡を雇用したのは、その後のことであり、同人の給与相当額までは損害として認めることはできない。そうするとその休業損は二三八、五一七円である。

(藤本清)

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